■ 書き下ろし小説『焚き火と松の因果関係』
結城光流先生書き下ろし小説をクリスマスプレゼント!
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『焚き火と松の因果関係』
著:結城光流
◆ ◆ ◆
昔々、この国にはたくさんの行事があった。
暦にはそれらが細かくつづられ、人々は忘れずに古式ゆかしい作法にのっとってそれらを執り行っていた。
そう、昔から行事はたくさんあった。
にもかかわらず、こんにち、ますます増えている。
(※この話は「もしも少年陰陽師の登場人物が平成の世にいたら。略して『現代パラレル』(略せてないじゃん)」です。
平安時代と同じ名前の人たちが多々出てきますが、本編とは関係ありません。たぶん)
◆ ◆ ◆
十二月の声を聞くと、街並みがすっかりクリスマス仕様だ。
いたるところにツリーが飾られ、サンタやトナカイ、雪の結晶がショーウィンドウを埋め尽くす。
金曜日。学校の都合で五時間で授業が終わったので、いつもより長い週末だ。
下校途中で彰子と合流した昌浩は、そのまま郊外にぽつんと建っている我が家にまっすぐ帰ってきた。
「ただいまー」
「こんにちはー」
ガラスの引き戸を開いた昌浩と彰子が思い思いに声をかけると、奥のほうから返事があった。
「おー」
どちらに対しても一応反応している。ややおいて、声の主とは別の相手が出迎えに来てくれた。
「お帰りふたりとも。寒かっただろう、何か飲むか?」
薄手のセーターとジーンズ姿の勾陣に問われて、昌浩と彰子は顔を見合わせる。
「うーんと、ミルクティーかな」
「私も」
頷く勾陣に、昌浩は勢い込んで尋ねる。
「あのさ勾陣、ツリー一式ってどこにしまってあるっけ?」
「蔵の奥じゃなかったか? この間の虫干しのときに太陰が見つけたと言っていたが」
見つけて、そのまま飾りをいくつか持ち出そうとしていた太陰を発見した玄武が、出してしまったらわからなくなるからそのまましまっておけと渋い顔をしていた。ちゃんと元に戻すから大丈夫よと反論した太陰だったが、しばらく玄武と言い合いをしていたところに白虎と天后が通りかかり、いま必要のないものを出してどうするのかと説教をされ、不承不承の体で諦めていた。
「じゃ、出してくる。彰子は向こうで待ってて」
「うん」
ぱたぱたと自室に駆け込んだ昌浩は、コートとマフラーをハンガーにかけ、制服からパーカーとジーンズに手早く着替える。
ブレザーの制服もそのままハンガーにかける。脱いだまま散らかしておくとしわになる、と小言をもらうのだ。
かなり昔から郊外に建っている安倍家はそこそこに広く、蔵がある。
母屋の北西側にある蔵は白壁で、相当の年代ものだ。いつ頃建てられたものなのか昌浩は知らないが、誰かに聞けば教えてもらえるかもしれない。何しろみんな長生きだ。
この蔵には色々といわくつきの物が満載で、たまに適当な品を持ち出すと、それが実は悪霊を封じた箱だったり魔物の憑いた壺だったりして、薄ら寒いネタには事欠かない。
「でも、あんまり充実してほしくないネタだよなぁ」
ぼやきながら蔵の扉を開けると、閉塞した独特の空気に迎えられた。いくら定期的に風をいれ、中のものを虫干ししていても、澱んだ気が凝って独特の空気を作るのはさけられない。
「そんないわくつきの中にツリーをしまうのもどうかと思うけど…」
大方去年の大掃除のときに、青龍あたりが押し込んだに違いない。邪魔なのは認めるが、母屋にだって物置くらいあるのだからそこに入れてくれればよかったのに。
「えーと…。あ、あった」
見覚えのあるカラフルな箱が、吊り棚の上のほうに積んである。
よりにもよって、一番高い棚の一番上に押しやるとは。台も脚立もあることはあるのだが、それでも昌浩の身長ではいかんせん届かない。
「うわー…、どうしよっかな…」
ツリーの箱を見上げたまま頭を抱える昌浩の背中に、朗らかな声がかけられた。
「ん? 帰ってたのか昌浩、何をしてるんだ?」
天の助けとばかりに昌浩は振り返った。
「朱雀、いいところに! あの箱取りたいんだけど…」
昌浩のさした指の先を追った朱雀は、得心のいった顔で頷いた。
「わかった」
朱雀は昌浩よりずっと背が高い。
彼も、帰宅したときに昌浩と彰子を出迎えてくれた勾陣も、実は人間ではない。
昌浩が生まれるずっと前からこの安倍家に仕えている、十二神将なのだという。
だが、昌浩が知る限り、彼らはみな普通の人間と変わりのない容貌で、取り立てて特別に思えることもなかったので、あまりそれを意識したことはない。ただ、彼らはみな昌浩が物心ついた頃から年を取らないので、本当に人間ではないんだなと思うことはある。
長兄の成親や次兄の昌親が物心ついた頃から変わらないそうなので、ウン百年、ウン千年生きているというのはあながち嘘でもないのだろう。
何しろ十二神将というくらいだから、神様のはずなのである。おおよそそうは見えないのだが。
移動させた脚立に乗って危なげなく箱を取ってくれた朱雀に礼を言い、昌浩は瞬きをした。
「そういえば、朱雀は何やってんの?」
元の場所に脚立を戻した朱雀は、入り口のすぐ横に置いてあった塵取りを片手に外を示した。
「さっきから天貴とふたりで掃き掃除だ。終わったら焚き火で芋を焼くと騰蛇が言っていた」
「やった」
広い庭には落葉樹がたくさんあるのだ。今年は冬が少し遅かったので、落ち葉がいまの時期になった。
ツリーの箱を抱えて母屋に戻ると、居間のコタツで彰子がミルクティーをすすっていた。
「こっちは昌浩の分だって」
箱をいったん畳の上に置いて、しばしカップの中身をすすることに専念する。
「…なんか、ちょっと甘すぎじゃない?」
「残ってた蜂蜜全部入れたから、少し甘いぞって言ってたわ」
「あー、なるほど。…少しかなぁ?」
昌浩の眉間にしわがよる様を、彰子が面白そうに眺めている。女の子の味覚にはこれくらいがちょうどいいのだが、昌浩には過ぎたようだ。
畳に置かれたツリーの箱を眺めて、彰子はくすくす笑った。
「どしたの?」
「うん。これを買ってもらったときのこと、思い出して」
「ああ」
納得した様子で頷いた昌浩は、カップを見て息をついた。
◇ ◇ ◇
その日、幼稚園から帰ってきた昌浩は、庭で焚き火をしていた祖父の晴明にこう言った。
「じいさま、どうしてうちにはクリスマスツリーがないの?」
「ほ?」
焚き火に手をかざしていた晴明が目を丸くする。
幼稚園の制服姿のまま昌浩は言い募る。
「あきこのおうちにはあるんだって。きのうかざりつけしたんだっていってたよ。ようちえんにもあるのに、どうしてうちにはないの?」
「昌浩は、ツリーがほしいのか?」
「うんっ!」
大きく頷く昌浩である。
晴明は、どうしたものかという顔で、一緒に焚き火を見ていた紅蓮と勾陣を顧みた。
燃え盛る炎の下のほうを細い木の棒でつついていた紅蓮が、中からアルミホイルの包みを転がし出す。
「昌浩、焼き芋食べるか?」
「うんっ!」
アルミを剥ぎながら問うてきた紅蓮に、先ほどよりもさらに元気よく返事をする。
「熱いからな、ちゃんと冷ましながら食べろ」
「うんっ」
はふはふとかぶりつく子どもを見ながら、紅蓮はうーんと唸った。勾陣も同様である。
成親も昌親もツリーがほしいと騒いだことがなかったので、昌浩がほしがっているとは思わなかった。
焚き火に手をかざしながら、晴明は思案顔をした。
「ふぅむ。ツリーか……」
◇ ◇ ◇
そして、祖父は確かに用意してくれたのだ。
が。
当時のことを思い出し、昌浩は半眼で低く唸った。
「……いくらなんでも、門松用の松持ってきて、これがツリーだと言われるとは思わなかったよ」
「私もびっくりしちゃった。昌浩泣きそうなんだもの」
彰子がころころと笑う。
正月準備のために用意した松をどんっと居間に置いて、さぁ存分に飾れと言った紅蓮の顔が忘れられない。ちなみに、用意された飾りの数々は、注連縄だの紙垂(しで)だの海老だの金柑だのみかんだの、クリスマスを飛び越えた正月用だった。
「クリスマスツリーはどこ!? …て。でも紅蓮、大マジな顔してるから訊くに訊けなくてさぁ」
「まぁ、騰蛇らしいといえばらしいがね」
苦笑交じりの声に顔を上げれば、カップを片手にした勾陣が入ってきたところだった。
「だが、首謀者は晴明だったんだから、騰蛇ばかりを責めてやるな」
「わかってるけどさ。松の枝持ってきて『存分に飾れ』て言われたって」
うちにもツリーをかざるんだよと、嬉しくてわくわくしていた昌浩と一緒に、彰子もにこにこしながらやってきたのだ。送迎バスの停留所まで迎えに行った六合を置いてくるほど足早に、ふたりは仲良く手をつないで帰ってきた。
そして、目の前に現れた、松。
明らかにモミとは違う枝ぶりと一本一本がやたら長い葉。
幼心にもこれは違うと当惑して言葉のない彰子の横で、期待を裏切られて半泣きの昌浩が固まっていた。
だが、救いの神というものは存在する。
このときの昌浩にも、神は現れた。
ちょうどそのとき高校から帰ってきた成親と昌親が、えぐえぐと泣きべそをかいている昌浩に仰天し、わけを聞いてすぐデパートに飛んでいき、小遣いを出し合ってツリーセットを買ってきてくれたのである。
「いくらなんでもツリーと門松を兼用するなんてあんまりだ、と成親がこぼしていたよ」
当時を振り返る勾陣に、昌浩は渋面を向けた。
「というかさ、勾陣その場にいたんだから、じい様と紅蓮を止めようよ。俺いまだに、焚き火見ると松の枝思い出す」
「私もまさか奴らが本気だとは思わなかったんだ」
肩をすくめる勾陣にそう言われては、それ以上の追及はできない。
やれやれと息をつき、カップの中身を飲み干して、昌浩は立ち上がった。
「よし。はじめるぞ」
腕まくりをして箱を開ける昌浩の背中と、目を輝かせている彰子の横顔を、勾陣は楽しそうに眺めている。
さてその頃。
幼少の昌浩にトラウマを植えつける寸前だった紅蓮は、焚き火にくべる芋の下ごしらえに余念がなかった。
焚き火だけでは中まで火が通るのに時間がかかり、いくらホイルで包んでいても、完全に火が通る頃には外側が黒焦げになってしまうのだ。だが、あらかじめ下茹でをしておけば、焼き時間が短縮され、適度に香ばしくおいしい焼き芋になる。
焚き火の風情を味わいつつ、この時期ならではの味覚も味わいたい。これぞ冬の醍醐味。
「これだけあれば足りるか」
大鍋で茹でていたじゃが芋をざるにあけ、くしを刺して火の通りを確認する。
昌浩も彰子も育ち盛りなので、たくさんあるに越したことはない。
「騰蛇、そろそろ火をつけると朱雀が」
「わかった」
報せにきた天一に応えた紅蓮は、ざるを抱えてキッチンを出た。
そして。
テーブルの真ん中にでんっと置かれたざるに、山と積まれた焼きじゃが芋を頬張る昌浩と彰子の姿があるのだが、それは一時間ばかりあとのこと。
これから年越しとか諸々もあるのだが、これとはまた別の話。
続く
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